90年代も終わろうという頃だったが、来日したパット・メセニーに長いインタビューをする機会があった。インタビューを元に、そのキャリアを振り返る原稿を書くためだった。17歳の時に2歳年上のジャコ・パストリアスとマイアミで出会った話から、オーネット・コールマンやデレク・ベイリーとの共演の話、さらには当時リミックスを担当したゴールディへの興味まで、熱心に語ってくれた。そのインタビューで、彼はジャコとやろうとしていたことを振り返って、こう語った。

「僕らは“ジャズはこうあるべき”といった型にはまった考え方に対しては異なった意見を持っていて、もっといろんな意味で広がっていくべきだと思っていた。僕らがプレイしていたベースやギターといった楽器は、トランペットやサックスといったホーンに比べて、ジャズのサウンドの中では目立たない存在だったように思うんだ。ハーモニック的にも遅れていたし。僕らはベースやギターの役割をもっと前面に出したかった」

 ベースやギターを、ドラムに置き換えてみたら、これはまるでロバート・グラスパー以降の現在のジャズ・ミュージシャンが口にする話のようでもある。そして、メセニーはさかんに「コンテクスト」という言葉を発していたのが印象に残っている。曰く、「音楽は現代社会の多様なカルチャーというコンテクストの中でこそ意味を持つ」と。彼がさまざまなコラボレーションを試みるのも、優れたギタリストとして、その多彩な才能を発揮するというよりも、新たなコンテクストの中へと自ら身を投じていく、むしろミュージシャンとしてのアイデンティティを常に覆していくことなのだというのを、その時、初めて理解したのだ。

 

Pat Metheny and Jaco Pastorious – Bright Size Life

 

Pat Metheny & Ornette Coleman – Song X

 

 いま、ジャズはちょっと敷居が高い。特に若い人達にとってはそうなのだ。ジャズのライヴ・コンサートはたくさん開催されているし、ジャズの CDやガイドブックもたくさん出回っている。若い世代のジャズも次々と登場してきてもいる。にも関わらず、特にこの国では、ジャズを気軽に観る、聴く、というわけにはいかない。気が付けば、ジャズという音楽は、興味を持っても少し手を差し伸べにくい存在になっていた。メセニーの言葉を借りるなら、ジャズはコンテクストを失っているのかもしれない。

 しかし、アメリカに目を向けると、ロバート・グラスパーらとケンドリック・ラマーが、ジャズも内包するブラック・ミュージックの新たなコンテクストを語り始めている。それだけではない、また別のコンテクストもジャズの周りには見えている。そして、それらは、日本のリスナーにも確実に届き始めてもいる。

 

Terrace Martin x Robert Glasper x Kendrick Lamar

 

 かつて、日本には、ジャズの野外フェスがいくつもあった。その先駆けとなったのは、70年代後半から90年代初頭まで開催されたLIVE UNDER THE SKYだ。豪華なラインナップで多くの若者を惹き付けていた。とはいえ、その時期、若者の一人だった自分は、ジャズよりも、パンクやヒップホップ、ハウスやテクノといった新しい音楽に夢中になっていたので、ジャズの状況に対して物を言う立場にはない。しかし、その時代のジャズ(大方はフュージョンと言う方が正しいだろうが)はユース・カルチャーの一翼を担っていて、間違いなく自分が聴いていた音楽よりポピュラリティがあったことをよく覚えている。

 だから、ジャズは決して敷居が高い音楽だったわけではない。それどころか、野外で多くの人達と楽しむことを共有できる音楽だった。LIVE UNDER THE SKYが終了して、FUJI ROCK FESTIVALが始まり、ジャズからロックへ、さらにはDJ/クラブ・ミュージックへと、フェスの音楽の主役は変わっていった。一方で、海外に根付いた有名なジャズ・フェスでは、時にはヒップホップ・アーティストもヘッドライナーに迎えて、アップデートしたジャズ・フェスの在り方を提示してきた。

 そろそろ、この国でもジャズがフェスに戻ってくる時なのだと思う。フェスが当たり前のものとして定着して、自分たちでその楽しみ方を見い出し、いろいろな音楽に接してきた成熟したオーディエンスがたくさんいるのだから、ジャズをも楽しめるコンテクストはあるはずなのだ。そうしたオーディエンスに広く開かれたジャズ・フェスの始まりとして、Blue Note JAZZ FESTIVAL in JAPANの開催を祝いたいと思う。

 

text = 原 雅明(はら・まさあき)
音楽ジャーナリスト/ライターとして執筆活動の傍ら、リリースやイヴェントの企画、DJ、LAの非営利ネットラジオ局の日本ブランチ dublab.jp(http://dublab.jp/)の運営等も手掛ける。2014年よりringsのレーベル・プロデューサーを務める。単著『音楽から解き放たれるために──21世紀のサウンド・リサイクル』